3話:妖怪

 ずだだっ。
 何かが倒れる――ような音がした。
「いっっっ・・・てぇぇ!!」
 竜胆は、いつの間にか転んでいたことに気付く。
「な、何だ俺、寝ちゃってた!?」
 朝から城の大掃除があったために、疲れていたのだろうか。すると、
どこからか笑い声が聞こえた。
「竜胆、なにズッこけてるんだ?本気で馬鹿みたいだぞ」
「るせっ。葵こそ、昨日オケにつまづいてコケただろーがっ」
 会うたびに痴話喧嘩をする二人である。
「お前・・・何故そんなことをっ。もしや尾行して・・・」
「たまたま見つけただけだよっ変態扱いすんなー!」
「いや、まだしてないけど?」
「したも同然な顔!!目!!」
 そこへ、別の笑い声が耳に聞こえた。
「お兄さんたち、またやってるの?ケンカ」
 くすくすと笑う彼女は、水仙の妹――菫である。
「あぁ、菫さん。この変態お兄ちゃんにはついてっちゃ駄目だからねー」
「だぁれが変態だっ葵!それだったら、朝、お前が・・・」
「やっぱ尾行してんじゃないですかー?」
「してねーよ!!」
 いつの間にか、菫の隣りに水仙がいた。
「菫ちゃん、両方相手にしゃ駄目ですよ」
「はぁい」
 何故か水仙のいうことをよく聞く菫。
「それと竜胆。話の冒頭で叫び声を出すことはそろそろ・・・おやめに
 なってはどうですか?」
「いや・・・別に、叫びたくて叫んでるわけじゃ」
 水仙は軽く首をかしげた。そして、ぼそりと言う。
「お口にちゃっく・・・」
「うわっ、それ言っちゃうかっ!?」
 ここ一帯にいるものは『ちゃっく』の意味もわからない。多分
内緒とか秘密とか、うるさいとかやかましいとかに使うんだろーなーと
考えている。
「それはそうと・・・三人とも。この国には『妖怪』という、幽霊によく似た
 魔物が出るらしいのです。昼間でも出てくるそうですけど。ご覧に
 なったことがありますか」
「ん?そぉいえば、そんなの噂で聞いたような」
「水仙様、村の方ではたくさん出ているらしいですね。何故この城には
 妖怪が来ないのでしょう」
 葵が水仙に聞く。ふと、水仙は窓を見やった。
「それは――・・・お父様の霊能力が、まだこの城内に残っているからです。
 これまでも、ずっと、代々。しかし、この力は、男の方にしか受け継ぐ
 事が出来なかったのです。私も菫ちゃんも女ですし。――じき、その能力も
 消えてしまいます。そうなる前に、なにか策を、と」
「へぇー」
 わかってるのかわかってないのか、こちらもよくわからない竜胆であった。
「竜胆、あまり無責任な返事しないようにしませんと」
「え?責任っ!?返事ひとつで責任かかっちゃうのかー!?」
 重く溜め息をついた葵は、竜胆に伝える。
「水仙様の父上がおっしゃったことを覚えていますか?あなたと、水仙様で
 国を治めろ、と」
「――あぁ、うん。それで?」
「なにか関係があるのではないですか?」
「のぇっ!?ど、どーだろ?よくわかんねー」
 慌てている竜胆に、葵は呆れた。
「葵さんの言ったとおりかもしれません。でも――・・・どんな関係が
 あるのでしょうか」
「そぉれはぁ・・・まぁ、後日ということで」
「?」
 断定出来ませんから、と葵は語るのをやめる。
「とりあえず、能力が消えつつある今、なにか考えなければいけませんよ。水仙
 様」
「はい。それでは、全員おけをかぶって村に突撃ですね」
「いやー・・・それはどうかと・・・」
 知らぬ間にどこかへ行っていた菫は戻ってきて、意味わからない会話に
苦悩している竜胆と遊び始める。
「あはは♪そうそう、さっき走ってたら、村の話が聞こえたよ」
 葵は菫に聞く。
「なんと――言っていましたか」
「うんとね、村の一帯が食い荒らされてるーとかなんとか~・・・」
 水仙は溜め息をついた。
「小さい妖怪ですね。これでは、被害が広まるのではないかと」
「あーうー・・・えっと、それは、俺が考えるに・・・大変な事態?」
 そこまでしか頭が回らない竜胆であった。

続く


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